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パチンコ、パチスロの競技性を考えてみる

ちょっとしたコラムです。

業界の未来を考えた時、esports盛り上がる昨今の中でパチンコやパチスロの競技性というものを考えることはできないかと思いを巡らせていました。

今までのゲーム業界でゲーム性という言葉で一括りにされていたものを紐解くと、現状、「遊戯性」と「競技性」という言葉で分けることができます。

大雑把に言うと、演出や内容に対してプレイしていてただ楽しいと感じるのが「遊戯性」で、自らのスキルを磨いたり発揮したりすることを楽しいと感じるのが「競技性」という部分です。

一人で黙々とスコアを競い合うゲームから、対戦ゲームで勝敗を競い合うゲームまで、今までこの考えは混然としていましたが、esportsの登場で明確に分けて考える必要性が生じて来たといえます。

ここでパチンコ・パチスロを振り返ってみると、この考えを同様に当てはめることができます。完全に運の結果に左右されるものであってはいけない遊技機には「技術介入」という考え方不可欠です。打ち手の度量によってゲーム結果に影響を及ぼす余地が求められる遊技機には、技術介入、つまりもとより競技性というものが存在していたといえるわけです。

4号機時代のスロットや、古くは手打ちパチンコなど、打ち手の技術によって大きく結果が左右される時代がありました。リプレイハズシの難易度や、個人的には初代獣王のAT早打ち消化によるゲーム数加算も、十分すぎるほどの競技性を持っていると思っています。

しかし、乱暴な言い方をすれば、それが出玉性能に直結してしまうことで技術介入という考え方は下火になってしまいました。

一時、ゲーム性を高めようと、スマートフォン連動でアイテムを収集する機能などが盛り込まれた時代がありましたが、残念ながらそれは射幸心を煽ることに繋がることで廃止されてしまった経緯があります。

しかしそれは、考えてみれば遊戯性によったゲーム性の部分でした。

そうであれば、競技性によったゲーム性というのはこの業界で取り戻し、成長させることはできないのでしょうか。今でもプロと呼ばれる人間の中に、他者を圧倒する技術や知識をもったプレイヤーが多く存在しています。

大きく出玉性能に寄与する必要がなくても、そうした技量の違いを明確に表現することができれば、出玉性能とは全く別の角度から、尚且つ健全な形で業界を盛り上げることができるのではないでしょうか。

現状下調べもほとんど行っていない全くもって乱暴な考えの状態ではありますが、もし業界の未来に対するヒントになれたらと文字に起こして放流することにしました。

どこかに流れ着いた暁には、コメント・批判大歓迎です。